ノウハウライブラリーでは知的無形資産について取り扱いますが、知的財産権についての司法・行政手続きや当該権利化や係争事件には業としては関与しません。国家資格を有する弁理士、弁護士等が職業として扱うものだからです。あくまで既に権利化されているもの、権利化しないかできないアイデア・ノウハウを蓄積し、流通させることを目的とします。従って、確立した権利や仮保護の段階にある権利を権利情報として扱うことはあります。この場合は、他の情報と共にノウハウ情報の一部分ととして扱います。
ところで、無形資産として地域資源があります。これは地域の無形の強みを抽出して地域資源として活用しようとするものであります。人の知力をもって創作するものではありませんので必ずしもノウハウライブラリーでノウハウ・スキルとして取り扱うべきものではないかもしれませんが、地域社会の個人又は企業経営にとって価値を生ぜしめうる無形の資産として何らかのかかわりが生まれる可能性がありますので、一応の対応はしたいと思います。
さらに、それ自体は無形資産とは言えないかもしれませんが、排出権取引があります。排出権を各国間、または企業間で取引するものでです。地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの排出量を抑えるため、二酸化炭素排出量の削減の達成状況に応じて、余剰分や不足分を取引できる制度のことです。この取引はビジネスとしても成り立ちます。そして、この取引システムにより企業・政府双方に経済効果・環境効果が生まれます。このシステムをモデルとして地域にまたがる留保権が取引の対象になれば、何らかの貸し借りを財産の交換対象と見る地域社会の個人又は企業経営にとって今後無関心ではいられないものとなり得ます。
なお、排出権取引について以下のような報道があります。
“世界最大の温室効果ガスの排出国・中国が…全国統一の「排出権取引」制度を始めると発表した。…電力関連だけとはいえ、…日本の排出量の2倍以上に相当する量だ。制度が始まれば、低効率な古い設備を使い続ける企業は、排出量が割り当て分を超過する一方、高効率の設備に更新すれば割り当て分を下回り、余剰分を売ることができる。…今後、対象業種が徐々に拡大していくことは間違いない。排出量取引のような市場メカニズムを使って、水の使用量や大気汚染物質の排出を削減することも検討されている。中国に進出する日本企業も早めの対策が必要だ。…取引制度の国際的な連携が進んだ場合、制度を導入する国々が、導入していない国からの輸入に関税を課すことも現実味を帯びてくる。…危機感を持って導入を検討すべき時期に来ている。”(読売新聞 2018年1月15日朝刊)
そして、これはマイナスの無形資産ともいえそうですが、ゼロデイ(Zero Day)と呼ばれる情報共有状態があります。コンピュータソフトウェアのセキュリティホールが発見されたときにに、攻撃ノウハウの情報共有がされ、コンピュータウイルスを開発するプログラムやネットワーク経由で攻撃を行うソフトがインターネットを介して流通します。
ゼロディについての著作「ZERO DAY」には“「ゼロディ」が生んだ、新しい死の商人”として次のような記載があります。
“ソフトウェアのセキュリティ上の欠陥で、一般に知られていないものをゼロディ脆弱性と呼ぶ。これを利用したサイバー攻撃は防げないため、「ゼロディ」はサイバー兵器として高額で闇取引されるようになった。元NASA職員で現在IT企業に勤めるチャーリー・ミラーは2007年にゼロディ市場についてまとめてリポートを発表した。そこで彼は当時、ゼロディ脆弱性が5000ドル~25万ドルほどで売買されていると書いている。そして実際に自身が発見した脆弱性を、政府機関(具体名伏せている)に五万ドルほどで販売した経緯も説明した。ただ彼は、その購入者がそのゼロディ情報を「良いことに使ったのか、悪いことに使ったのかは知らない」とし、「彼らは知的財産を購入したのだから、購入したものをどうにでも使うことができる」と答えている。 ”
(山田敏弘著「ゼロディ米中露サイバー戦争が世界を破壊する」株式会社文藝春秋発行P194~200)
攻撃ノウハウの情報共有がプラスに転じる可能性もあります。ノウハウライブラリーでは、情勢に応じて対応します。
自然法則を利用した技術的思想の創作である発明は特許法等で保護されるのが原則でありますが社会性、倫理性等の観点から保護されない場合があります。その一つとして人の治療法等医療に関するものがあります。しかし、特許法等では保護されなくても社会的にはなくてはならないものであります。そこで、日野原重明医師等が実践し、著作もしている文献では以下のように述べています。
“「社会的共通資本としての医療を考える」としてヒポクラテスの教えが「人間の生命は短い。しかし、その短い生命を救おうとする医術は永遠の生命をもって、過去から現在、そして未来につづく」とするものとし、医術が永遠の生命を持ちうるのは、1人ひとりの医師が師の教えを守り、ヒポクラテスの誓いに忠実に、医師として、また人間としての生きざまを全うし、医術を次の世代に伝える高貴な営為に全力を尽くしているからである。社会的共通資本は、1つの国ないし特定の地域が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することことを可能とするような自然環境や社会的装置である。社会的共通資本の管理、運営は決して市場基準、あるいは官僚的基準によって決められるべきものではなく、あくまでも、すべての市民の人間的尊厳を守り、魂の自立を保ち、市民的自由が最大限に確保できるような、ゆたかな社会を形成するという視点に立って行われる。”(「社会的共通資本としての医療」:宇沢弘文他編、財団法人東京大学出版会 p27,21)
以上により、人間に対する医療行為は、社会的共通資本としての医療の観点から、優れた医学教育、制度等の実績を次代に継承すべき知的資産として取り上げ、医療荒廃を避けるための人類共通の知的資本となるべきものとして検討の対象とし、積極的に取り組んでいきたいと考えます。
