共同で創作した「知恵」はともに生活や仕事に活かせる。
自分の身の回りや家族との共同生活、家族や仲間との催しや家内工業で有効に活用できる。
さらに自分たちの新規事業に活かせば独自の開発ができる。
その結果、仲間以外の他人からも評価され、 仲間の拡大や新たな事業への展開に通ずる。
仲間同士および新たな仲間との「知恵」の蓄積と結合が図れる。
そして、さらに「知恵」の共有創作の高度化が図れる。
その分野での特有な「知恵」の結合、蓄積が可能となる。
それを仲間内で高度化し繰り返し蓄積できる。
仲間以外とも共同創作してさらにグレードアップできる。
仲間とともに、次世代遺産としての知的資本を構築する幅をひろげることができる。
零細・小規模・中小企業では大企業にも勝るノウハウ等知的無形資産としての「知恵」を有しながら十分な活用がなされていない。
そこで、彼らの有する「知恵」の活用で次世代への遺産としての知的資本構築とその投下による新たな価値ある「知恵」の再生産で「ゆたかな生活」を築くことを提案してきた。
そしてさらに、個人や仲間の「知恵」を活かしたエイジェンシー(仲介)によるシェアリング(共有)と「定価値制」を基準とするサブスクリプション(期間利用)によるレジリエンス(回復力)で百年に一度のパンデミックにもサスティナビリティ(持続可能性)を有する定常的「知恵」の共創について検討してきた。
また、「貨幣を介さない」取引もできることが資金難に悩む事業者への直接効果、さらにはナッジ(肩押し)効果となってサスティナビリティを向上させる。
しかし、実際には孤立状態で資金難を乗り越えるのはなかなか難しいと思われる。
そこで、仲間同士なら、先物取引に際しても、元本相当の「知恵」の受け渡ししか行われない場合には何らの資産も形成されないので決済時にもオフバランスとなることから、個人や仲間の「知恵」を活かした一般の取引において、シェアリングやサブスクリプションでのサスティナビリティあるレジリエンスを発揮できることになる。
サブスクリプションは昨今、利用の仕方によっては不利になることがある旨取りざたされているが、「定価」制では限界以上に放置するような場合には法外な付加料金を課せられるのであって、オフバランスの「定価値」制ではもともと「貨幣を介さない」のでそのようなことはない。
この場合、“元本相当の「知恵」の受け渡しか行われない”ということはすなわち、「知恵」自体を交換媒体とすることだからと言える。
すなわち仲間等との間で「信用」が担保されるので「貨幣を介さない」で取引ができることになる。
これはあくまでも「知恵」を媒体とする場合について端的に言っているのであって、その射程距離は「貨幣を介する」場合にまで及ぶものではない。
貨幣については古来より多くの説が論じられているが、本質的には「信用」の担保である。
しかし、貨幣に時の価値という果実が金利という名目で付加されると、貨幣自体が商品として取引の対象となり、物物交換の代替媒体とは異なる意味合いを持つものが貨幣と呼ばれるに至った。
そこで、そのような対象ではないオフバランスの「知恵」については「信用」を担保するものとしてそれ自体を貨幣としても良いことにして論じる。
それでは「知恵」以外を含む場合ではどうであろうか。
一般にオフバランスではないものを含む場合は、原則として、「貨幣を介する」こととするとする。
しかし、「知恵」以外でもオフバランス部分を分離できる場合には、その部分だけを仲間等との間では「貨幣を介さない」で取引ができることとして良いことになる。
したがって、その部分を含めて、仲間うちで「貨幣を介さない」での先物等の取引が可能となる。
たとえば自分が創作した美術品等の「知恵」に該当する部分を仲間同士のオークション評価し合い、交換するような場合である。
そして、仲間内での「知恵」をシェアしての「定価値制」を基準とするサブスクリプション(期間利用)により長期にわたりサスティナビリティが可能となり、パンデミックスにもレジリエンス(回復力)を維持することができる。
仲間等のコミュニティ内でお互いに「気付き」を得て成した「知恵」の創成を期間を決めて自由に使い回すことにより「定価格」ではなく「定価値」のサブスクリプションが可能となる。
そうして、相互に使pいあうシェアリングによるサブスクリプションも可能となる。
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